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日本を離れて11年。豪州メルボルン在住、一人旅が大好きでブラジルやキューバなどのラテン音楽にぞっこん猿の私の地球旅日記。 本家「大江戸カンガルーSAMBA CARAMBA!」から旅日記だけこちらに移転。さらに進行予定。本家ブログもどうぞよろしく。 "If your soul is no stranger to you, the whole world is your home"
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ブラジルはでっかい。ヨーロッパよりでっかい。
ゆっくり全部回るなら1年かけても足りない位でかい。

大都市間の長距離移動なら割と格安の飛行機があるので、バスで20時間以上も旅するよりは飛行機で一っとびがよろしいかと。夜間のバス強盗の話もバックパッカーズで会った旅 人から聞いたし。でも場所によっては飛行機がなかったり、あっても高かったり。

オーストラリアもでっかいからバスの長旅は結構慣れているんだけど、最近は国内向けの格安エアラインも入ったのでオーストラリアでは専ら飛行機移動が多いな。

さてさて今回私はサンパウロからイグアスの滝を見に行こうと画策。街に行って適当にトラベルエージェントに入って尋ねるとどうやら飛行機で行くのは高そう、、、ということ で、これまでは長距離移動は専ら飛行機でブラジルの旅をしてきたけれど、ここで初めて長距離バスを使うことに。途中休憩などを挟みながら16時 間の行程。

飛行機の旅を考える時、4,5時間のフライトよりは私は8,9時間の夜便の方が好き。最初の1,2時間は離陸から食事であっという間に過ぎ、あとは一眠り して起きればまた食事して着陸態勢に入るので、割と退屈しないで終わる。4,5時間は中途半端過ぎて寝られないし、起きているのもまた退屈な時間。

でも16時間となると話は別。普段の私の睡眠時間が5、6時間位だから2回寝ても余る。もちろん2回は寝られないから、時間は余りまくり。

長時間のバスは途中のサービスエリアで何度か止まります。短いトイレ休憩と食事休憩があるから、運転手さんに降りる時しつこいまでに休憩が何分なのか確認する私。寝ている場合や休んでいたい人はもちろん降車しなくてもOK。

私の乗ったバスはお昼に近い午後にサンパを出て翌朝5時とか6時くらいににフォズ・ド・イグアスに到着予定。どのタイミングで寝たものかと考えつつ乗って いると、何とか日も暮れてきた。でも寒いせいかなかなか寝付けない。ずっと寝付けずになんと深夜3時過ぎてやっと眠りについた。

そして、目覚め、、、、休憩中だったらしく人がどやどや通路を歩いているのがわかる。丁度皆乗り込んでいざ出発という所だったらしい。寝ぼけた頭をくるっとバス停に向けると、なんだか見知った面々がたくさんそのバス停の外の座席に座っている。そして彼らがみるみる小さくなってゆく。、、、、、、ってあれ?あれ?あれ?
いまだ寝ぼけた頭で自分の周りを見回すと、皆知らない顔ばかり。
慌てて運転主席まで行きドアをどんどんたたく。開けてくれたら、運転手も変わっていた。今のバス停はどこだったのか訪ねると、フォズ・ド・イグアスだという。あそこで降りなきゃいけないのに、寝てたのよー。と身振り手振りでウキャー!!となりながら懸命に説明。運転手はわかったわかったというようなことを言っていたのだが、バスはそのまま進むので、えらく不安に思っていると、ただバスがUターンができない道だったので、ぐるっと延々と遠回りしてバス停に引き返してくれたらしい。何とか先ほどのバス停に戻る。

とりあえず、起きてよかったけどね。16時間のバスの旅で最後の3時間位になってやっと眠りについてしまったのが敗因。ほんと、とりあえず起きて良かったけどね。皆さんもバス旅の居眠りは計画的に。、、、っていうか、最初の運転手、変わる前に起こしてよ!!って私が悪いのか?

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おふろやさんを出て次に目指すは日本移民博物館。

日本からの移住の歴史を綴った興味深い博物館。じっくり見た。

以前に「ハルとナツ 」というTVドラマを見ていた。2005年のNHKの放送開始80周年で5夜連続で放送したTVドラマが「ハルとナツ」。日本を離れて最初で最後、唯一弟に録画して送って欲しいと頼んだ日本のTV番組だ。これは日本からブラジルに移住した家族と離れ離れに日本に残った家族に焦点を当てた物語で、ブラジル移民の歴史に興味があった私は何としてでも見たかった。

博物館で見たものはそのドラマと大筋の所では合致していた。当時の様子が知れる書物や日本人向けの新聞や写真など、時系列順に展示されていて興味深かった。後から徐々にやって来た移民と、第一回の移民団との生活の過酷さの違いであるとか、その過酷な中で工夫をこらして一心に働いてブラジルの発展に貢献してきた日本人移民、移住当初は日本に帰ることを夢見ながら過酷な環境で頑張る日本人移民達がいつしか日本に帰ることをあきらめてブラジルで強く生きていくのだと覚悟をきめるようになるまでの歴史の断片に触れることができた。

入り口で受付に座っていた年配のおじさんが、私が入っていくと、よく来てくれたと満面の笑顔でハグをしてきた。だいぶ前にブラジル在住のカエルさんがブログ で、外見が日本人のブラジル人とする挨拶のキスが苦手だというようなことを書いていたけれど、ちょっと分かる。オーストラリアで普通にハグなどに慣れていても、外見が日本人のおじさんにハグされてちょっと戸惑った。日本からの客人が余程嬉しいと見えた。

ちなみに来年が日本からのブラジル移民の100周年だそうだ。確か6月と言っていたような。記念式典などあちこちで行われるんだろうな。とりあえず、とっても頑張った日本の先人達に一足早く万歳!


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旅に出発した時にはサンパウロに行くつもりはなかった。

チリのサンティアゴのホステルでブラジル人の旅人との会話中、私がこれからブラジルに行くと言うとサンパウロにも来るのかと聞かれた。そして彼はサンパウロには日本人街があって看板も日本語で書かれていて人々も日本語をしゃべっているという。

そう、ブラジルは日本以外で日本人の移民が一番多い国。サンパウロ周辺には特に多い。その知識はあったけれど、私のブラジルへの情熱は音楽中心なため、今までその部分がすっぽ抜けていた。せっかく行くんだし、リオとバイーアの旅コースからかなり外れるけどちょっとその日本人街を見に行こうか、ということでポルト・デ・ガリーニャスの後Recifeに戻ってそこから飛行機でサンパウロ。決してサンティアゴで話したその旅人がカッコよかったからだけではない。( ̄▽+ ̄*)

ブラジルの首都はブラジリアで、一番大きな都市はリオデジャネイロと思っている人も結構いるが、ブラジル最大の都市は何と言ってもこのサンパウロ。世界でも5番目に大きい都市で、南米、南半球では最大の都市らしい。

ところで、このあまり意味はないけどほほえましい「南半球で一番__」という表現は、我らがオーストラリアでやたら聞く表現なのだけど、、例えば、「南半球最速のエスカレーター」とか(笑)、、何かこの表現を使うと逆に途端にB級感が増すような気がするのは私だけ?でも、「南半球最大の都市」というのはギリギリいけてると感じるのも私だけ?

大都市故に、長期滞在は避け、一泊のみ。個人的には旅中は、大きな町には魅力を感じず、いつも早く通り過ぎたい。でも大都市といえどもそこはブラジル、そのたった一泊の間にも親切な人々に会った。 

銀行のATMでクレジットカードが使えず、隣で引き出していた人に尋ねたら、私のオーストラリアのカードでもちゃんと引き出せるATMにたどり着くまで延々色んなATMを一緒に回ってくれた。
旅行会社では、イグアス行きの飛行機の値段をきいたら高いのでバスで行く事に決めたのに(バスチケットはバス乗り場で買う)現地の情報や、その他お勧めの場所など何も買わない私の質問に丁寧に答えてくれて色々調べてくれたりもした。サンパウロ、大都市だけど悪くないじゃない。

見所はたくさんあるだろうけど、私が目指すはピンポイントで日本人街リベルダージのみ。チャイナタウンは世界各国で見るけど、日本人街は初体験かも。

街についてうろつくと、確かに日本語の看板とか、日本の食糧品店とか本屋とかその他色々。外見が日本人の自分の親世代や祖父母世代の人たちが日本語とポルトガル語をまぜこぜにして会話している。なんかカッコいいなあ。そして面白い。

そしてやはり予想通り中国の進出がかなり見られた。日本人街というか東洋人街といった感じ。特に両者の文化に興味がない人にはどれでも同じに見えるから、他の人にとっては、日本人街全部日本のだと思えるのだろうけど。まあメルボルンのチャイナタウンでも日本の食料品買えるし、お互い様ってことで。

お約束で日本食レストランを物色し、その一つに入る。ウエイターは日系人ではなくブラジル人で一瞬不安だったけれど、ここのすしは今まで日本以外で食べた寿司の中で一番旨かった!魚の味が濃かった。さすが日本以外で日本人の数がナンバー1の都市。

そしてみつけた「おふろやさん」の看板。銭湯?と思ったら風呂釜を売っていた。いいね、メルボルンにもあったら一つ所望したい。猫と風呂桶っていい感じじゃない?



日系人であるそのお店の人と少し話した。彼らにとって母国語はポルトガル語で、日本語は話せるけど完璧ではない。そのため日本語を勉強しているオーストラリア人と話しているような錯覚に陥り、彼が日本語での単語や話に詰まる度に、会話を補助するつもりでつい英語で話してしまって相手はちんぷんかんぷん。その度に「あ、ごめん、間違えた」と言って笑いあった。

彼は自分は6世だと言っていたと思う。(もう半年も前の話でちゃんと覚えてない。)長い歴史だなあ。そして自分のことを「私はブラジル人です。」と言い切っていた。私の事もオーストラリアに渡った移民だと思ったみたいで、日本語が上手いねと言われた。いや、まるっきり日本人だし、、。

にほんブログ村 海外生活ブログ 中南米情報へ←スクールホリデー特別企画(?)サンパと日本人シリーズはまだ続く。
Olinda,Recifeで3日程過ごした後、ガイドブック王であらせられるLonly Planetと他の旅人からの情報を総合した結果Olindaから南に車で1時間程離れたPorto de Galinhasに向かう事に決定。直訳すれば「鶏港」。

名前の由来には暗い歴史が絡んでいる。昔ブラジルへアフリカから奴隷として送られてきた黒人達。その奴隷売買を禁止する法ができた後にもまだ、こ こポルト・デ・ガリーニャスには不法で黒人奴隷が送られてきたらしい。そして大っぴらにはできない黒人奴隷の輸送時の暗号がGalinhas (chickens 鶏)だったという。

町に入るとあちこちに鶏の像や鶏をかたどった土産物。普通の白に混じって町の名前の由来通りに黒い鶏の物もたくさんあった。カラフルに色々な色のセットが揃っ ていたり。すごくかわいくて私も黒と黄色の2セット買ったけど、由来を考えるとこれを「かわいー。」とか言ってていいのかちょっと複雑。
galinhas.JPG
←我が自宅で鎮座まします鶏一家。








宿泊はポルト・デ・ガリーニャスではなく、その隣町のMaracaípeに向かう。そこはサーフビーチで、ポルトデガリーニャスよりも観光地観光地してい なくて、のどかな感じ。好み。一緒にオリンダを回っていたオージーのポーリーナも一緒に来たいということでオリンダから着いてきたので二人で宿泊。ドミトリーがなかったので同伴者がいてツインに泊まれて丁度良かった。

そこはイタリア人経営のビーチ沿い のなかなかいいホステル。イタリア人でサーファーの彼はここが気に入ってもう6年ほど住み着いているらしい。ホステルではイタリア人らしくホーム メードの鎌で焼き上げたピザが食べられてこれがなかなかのヒット。

このマラカイペからPort de Gallinhasまでビーチ沿いを歩いて1時間ちょっと。でもそれとは反対側に20分ほど歩いていくと海と川が交わる河口がある。この河でボートで行くタツノオトシゴツアーがあるというのはOlindaの宿泊客から仕入れてきた、Lonly Planetにも載っていなかっ た丸得情報。

マラカイペに到着後早速行ってみる。川には船頭さんが乗った手漕ぎの舟がいくつもあって、内一つに案内される。マングローブの茂みがそこここにある川をゆっくりとのぼる舟。私もポーリーナもカメラを忘れてきて、それをかなり後悔する程の素敵な景観。ゆったり流れる河と、午後の日差しが丁度夕日に変わろうかとする時間帯の刻々と変わる空気の色と水の色。そしてマングローブ群。あっちもこっちもキラキラで、ほんと素敵な時間と空間だった。夢心地。

しばらく行くと船頭さんがシャツを脱いで河にダイブ。ちょっともぐっていると思ったら手に何かつかんできた。それを空き瓶に水ごと入れて見せてくれる。大 きなタツノオトシゴが2匹尻尾を絡めあいながら水中に立っていた。思っていたよりずいぶん大きい。素手でつかまれた上、ビンに入れられてなんだかちょっと かわいそうで、私達はすぐOKを出すと、船頭さんはタツノオトシゴを元の場所に返しに行った。

舟を降りた所にまたもやアグア・デ・ココ屋があって迷わず一休み。このタツノオトシゴツアー、メインであるはずのタツノオトシゴ抜きでもゆったりした気分になれる素敵なボートツアーでした。二人でココを飲みながらちょっとその感慨に浸ってた。

翌日はあいにくの雨。ビーチ沿いの村で雨が降るとできることは、、、、、皆無
本を読んだり、ガイドブックみたり、ポルトガル語勉強したりし ながら過ごす。

本来ならばその日は朝からポルト・デ・ガリーニャスに行く予定だった。そこの唯一の観光アクティビティは、セーリングヨット熱帯魚ツアー。 ビーチか らそれ程遠くない沖で潮が引いた時に大量の熱帯魚がその浅瀬にできた水溜りに取り残される。そこで観光客がそれを見に行って餌を やったりするというもの。セーリングヨットで行くんだけど、1日1回、干潮時に行われます。泳ぎに自信のある人は泳いでも行ける程の近さ。

これを行き逃した!雨の中同宿のフレンチカップルは行ってたのに、私達は雨天中止に決定。ポルト・デ・ガリーニャスまで行ってこれをみないのは、おそらく喜多方まで行ってラーメンを食べてこないことに匹敵する。それ以外にすることはほとんどないだろうに。

翌日の干潮の時刻を調べたら、私の飛行機に間に合わないことが判明。フライト変更も考えたけど、何だか面倒になってやめた。仕方なく絵葉書で行った気になることにした。なかなかいい写真ですよ。
  portodega.JPG
fish.JPG ←ポストカードの接写2枚。いわゆる写真の写真。










今回カメラ忘れや、アクティビティ行けズじまいで、写真がみやげ物写真に終始してしまったので最後に一枚。マラカイペの路上で出会ったミニチュアダックスフンド。マラカイペは家庭での犬保有率がかなり高かった。たまたまこんな風に撮れたけど、今回の旅の写真の中で一番気に入っているかも。チャイナタウンで見た日本のキャラクターブランドにこんなのあったよね。..今ネットで調べてみたらHanadeka Clubだって。ブラジル版つーことで仲間入りさせてやって。
5a2e54f5.JPG にほんブログ村 旅行ブログ 一人旅へ←こちらも良かったら仲間入りで。

サルバドールで次はどこに行こうか他の旅人の話も聞きながら色々思案の上、北上してRecife と Olinda に向かう事に。安い便があったので飛行機で一っとび。ブラジル国内の移動は発着の場所によって、飛行機の方がバス移動より1/5やはたまた1/10の速さでいける上に安かったりします。それに夜のバス移動は何かと物騒な話も耳にするし。

Recifeに着いてそのまま直で隣町とも言えるOlindaにローカルバスで移動。着いた早々夜になるとなにやら音楽が。慌ててホステルの外に出ると、何とパレードが!リオよりもちょっと長い日程のサルバドールのカーニバル。しかもその長いカーニバルが終わってまだ2日ほどサルバドールにいたのでまさかまだカーニバルが続行している地があるとは思いませんでした。思いがけず2箇所でカーニバル。Recifeのカーニバルが一番長いらしい。
大人気歌手や海外のビッグアーティストが多数押し寄せてパレードして狂喜乱舞なカーニバルとなるサルバドールとうって変わってこちらオリンダはとっても地元に根ざした家庭的な雰囲気のパレード。カラフルにチーム毎着飾った子供からお年寄りまで和やかに踊ってパレードしていきます。 



その後町は夜遅くまでぱらぱら(ぎゅうぎゅうという感じではなかった)と人が通りに出て飲んで歌っている。飲み屋の前の道端でギターを弾いていた地元の酔っ払い達に近づくと一人が壊れたバケツを持ってきてドラムを始める。これが無茶苦茶ウマイ!この酔いどれ親父はギター弾かせても天才的に凄かった。楽しくてずっとその輪に一緒にはまっていたら、私の知ってる歌を演奏し始めたので皆と一緒に歌い出したら、隣の酔いどれおばさんが椅子とか出して来てくれた。別の親父は店の中に入って行って空缶とお米でシェイカーを作ってきてくれて渡してくれた。私は私でいい気になって好きな曲をリクエストしまくって皆で歌って演奏して、、、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい。至極の時を過ごしました。

翌日からホステルで会ったオージーの女の子とドイツ人の男の子とオリンダを散策。オリンダはすごくかわいくてのどかで素敵な所です。サルバドールの旧市街地のようにカラフルに色塗られた建物。で、サルバドールは建物が高くて近くにひしめき合っているからビルの陰ができて全体的にもう少し暗いイメージだけど、ここは陽射しが燦々。


そして、小さな田舎町なのに教会がやたら多い。町のインフォセンターで教会マップを手に入れてぐるぐる回る。と、地図上のある教会に着くとそこは昼休みで閉まっていて、でもそこから50M程先(この目測は私をよく知る人なら分かるでしょうが、全く自信がありません。300Mなのかも知れません。でも極近かったです)にマップには載ってない教会が見える。行ってみようということになって近づいてみた。

近づいていくとやはりドアは閉まっているよう。立ち止まって様子を伺いながら引き返そうとしたその時、中の鐘を鳴らす塔の窓から人が手招きしているのが見えて、慌てて教会に向かう。入り口が分からずうろついていると、さっきの男が出てきてドアを開けてくれた。

聞けば、この男はアーティストで8年前にこの教会を買って、作品を作りながらずっとココに暮らしているらしい。一般人の家だから教会マップにも載っていなかったのです。スリムな茶色い犬と一緒に暮らしていた。教会内のあちこちに彼の作品が飾られていて同居の犬の絵も。何だか凄く素敵な暮らしに見えた。さっき手を振ってくれた屋根裏っぽい鐘の塔まで上がってくると、ココがまた本当にいい感じ。皆で腰掛けてしばらくうっとり。一緒にいたオージーの女の子は自身もアートをするようでしきりに「いいな」とか「こんな暮らし夢だわ」を連発していた。このアーティストにいつもこうやって知らない人を招き入れるのかときいたら、気が向いたらとのこと。ラッキーだったわ、私達。っていうか良く考えたら、危ない人だったら取って食われていたかもしれない。ラッキーだっ

たわ、普通の芸術家で。

教会を後にしてから、彼の写真、それに彼の犬とその犬を描いた絵を一緒に写真に撮ってこなかったことを非常に後悔。何度も引き返そうかとも思ったけど、また行っても中に入れる確証がない上、かなりの坂の上だったのでその労力をかんがみて断念。

暑い中歩き回ったので、道端でブラジル各地恒例のAgua de Coco(ココナツジュース)を買う。ドイツ人の子が皆に奢ってくれた。生のココナツをそのままナタで上部を豪快に切り取りストローで中の天然ココナツ水を頂くのです。飲み終わった後は再び買った人の所にもって行くと大きくぶった切ってくれて、さらにぶった切った部分を使ってサジのような物を作ってくれてそれで中の白い部分を掻き取って食べるのです。私はこの中の水も身も含めて、Cocoが大好き。で、ここでブラジルを旅する皆さんに極秘情報です!何故だかここOlindaとRecifeのCocoはすっごく甘くておいしいのです。リオやサルバドールの比じゃないの。ここが私のブラジルの北限だったから、それ以北は分からないけど、もっと北に行ってアマゾンとか行ったらもっと甘いのかもしれない。Olinda,Recifeに行った際には是非ともお試し下さい。暑くて脱水症状気味な時はこのCocoの天然水が本当おいしく気持ちよく体に染みていきます。
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