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日本を離れて11年。豪州メルボルン在住、一人旅が大好きでブラジルやキューバなどのラテン音楽にぞっこん猿の私の地球旅日記。 本家「大江戸カンガルーSAMBA CARAMBA!」から旅日記だけこちらに移転。さらに進行予定。本家ブログもどうぞよろしく。 "If your soul is no stranger to you, the whole world is your home"
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ブラジル・リオに到着早々2日のロス。完全回復には4日程要して、やっとベッドルームから出歩けるようになりました。自分と同室以外の旅人達とも会い、ホステルのスタッフとも仲良くなって皆とあちこち行くようにもなりました。宿泊者のウチの一人、例の各国で遭遇したカーリーヘア君は家も私と同じメルボルンでした。彼は双子の友達と旅をしていました。で、私が回復して初めてホステルのバーに行った夜、この双子君達は二人で素晴らしいギターのジャムを披露していました。その時、他の子達に彼らはメルボルンのバンドで活躍してるらしいけど知ってる?と言われてバンド名を聞くと、なんと私が見たことがあるバンド!

1年ほど前に私のメルボルンでのホームとよんでも差し支えないような例の Night Cat で彼らのギグを見たことがありました。バンド名は De jah Groove (デ ジャ グルーヴ)で、レゲエでロックでヒップホップでラテンな、しいて言えばキャットエンパイア 系(詳しくは12月30日の日記で)の元気でファンキーなバンドでした。既にファンが結構いるようで盛り上がっていて、なかなかよろしいバンドだったのを覚えています。既にロンドンでも公演したことがあるらしい。その彼らは今回のブラジルの旅で現在サンパウロに帰省中の彼らのブラジルギターの師匠にも会いに行くらしい。で、その師匠というのが Doug De Vries ダグ デ ブリース 。勿論知っていますとも。彼はメルボルンで、というかおそらくオーストラリアでのブラジル音楽の第一人者で実は私がメルサンバのバテリアでサンバを演奏している頃私達のスペシャルギグにゲストミュージシャンとして来てくれて競演したこともあるのです。まあ、競演というと聞こえが華々しいけど、片や名のあるミュージシャン、片やエスコラ(サンバスクール)のバテリアの一メンバー。仮面ライダーで例えるならば、その日の花形メイン敵役とヒョイーッと叫ぶ一戦闘員のような格の違いで、競演などと呼ぶのはおこがましいにも程があるのですが、まあここは気を大きく。一戦闘員にも五分の魂。そんなこんなで彼らとは地元メルボルンの他のバンドや音楽話で盛り上がりました。

リオでのホステル仲間ー旅人やスタッフと。

さてそんな仲間やホステルのスタッフと色々出かける日々が続き、その中でも一番最高だったバンドがこれ、Afro reggae というバンドです。私が今回のブラジルの旅の全てを総合してもこのバンドが色んな意味で一番印象深かった。
このバンドはブラジルの貧民街であるファベラのプロジェクトから生まれたバンドです。連れて行ってくれたホステルのスタッフに聞いたところによると、十数年前、リオのファベラで悲劇的な事件があったらしい。その頃ファヴェラのギャング達と警察による激しい麻薬抗争があり、ある時警官が数名銃殺されると、その翌日武装警官が復讐のため大勢でそのファベラに押し寄せ激しい銃撃戦が起こり、結果多くの死者、それも麻薬とは何の関係もない武装もしていないたくさんの人々の犠牲者が出た。この事件がファベラコミュニティーのみならず、ブラジル全土(リオ全土だったかな)に与えた衝撃は大きく、市民は憤慨した。
そんな中で、ある若者たちがやはりこの事件に憤慨し、このファベラにやってきた。彼らはAfro reggeaというアフロブラジル音楽や黒人問題を取り上げたフリーペーパーを作っていた人達で、この武力抗争に対抗して彼らがやったことは、ファベラの若者達の負のイメージをプラスのエネルギーに変えて、ファベラの明るい将来を導くための健全なるプロジェクトを開くことだった。リサイクルやパーカッションやダンスなどのワークショップ(講習会)を開き、そのワークショップの中から最初に生まれたのがこの Afro Reggae バンド。他にも色々なバンドが出てきているらしいけれど、コレが最初で今でも一番メインのバンドらしい。既に海外公演も何度かしているようでした。で、このバンドは週末にはファベラの子供達を集めてコミュニティーセンターのようなところでフリーのライブを行います。それはファベラの子供達に若者達のこうしたプラスのイメージを見てもらい、彼らにその後を辿っていってファベラの明るい将来につなげて欲しいという願いから行っているようです。本当に素晴らしい。
私たちはその週末のコミュニティーセンターにお邪魔しました。そのバンドのコンセプトのみならず、その演奏やパフォーマンスがまたすごく良かった。一緒に行ったオージーの人が撮った映像を私が後で見られるように You tube に載せたので是非見てみて下さい。こちら→  .
すごく短いこちらの映像も合わせてご覧下さい。 
見てみたら他にもこのバンドの演奏の映像をアップしている人達がいたので、それも一つリンクしておきます。ここではオープニングのパーカッションのハイライト的なところが見られていい感じです。他にも幾つかあったので、興味のある方はまた見てみると面白いと思います。こちらから→ 

バンドの演奏は最高で、私は観客席の後ろの方でずっと踊っていたのですが、後でホステルのスタッフの子達に、ファベラの子供が一時皆私が踊ってるのを見ていたのに気がついた?ときかれました。そしてその後帰りのタクシーを待っている時、子供達が私の周りにやってきて何やらニヤニヤしながら踊っています。からかわれてるのかなと言ったら、「さっきこうやって踊ってたよね。」って言ってるんだと言われたので、一緒に仲良く踊りました。
今回ファベラに行って気がついたことは、確かに貧民街だけれど、ファベラにはリオを一望できる素敵な景色があります。リオのファベラは普通丘の山腹の高台に這うようにして並んだ建物からなっています。このコミュニティーセンターは特にその一番上の方に位置していてここから見える眺めは本当に最高。
帰りは人が多すぎてタクシーヴァンに乗りきれず、私とホステルのスタッフの一人が残って次のタクシーを待ちました。なかなか来なかったけれど、彼女が歩いて降りるのがどれだけ安全か分からないというので、さらにしばらく待ちました。すると先ほどのバンドメンバーとこのプロジェクトをオーガナイズしている人が帰り支度をしてやってきたので、彼らと一緒に歩いて降りることにしました。ファベラの坂は本当にはんぱなく急でしたが、このファベラの風景を歩きながら見ることができて良かったです。ファベラ内の美容院とか、夕方でしたが皆とにかく家の外にワケもなくたむろっていて、同じく近所で外に出てきて座り込んでる人たちなどとそれぞれに話し込んだりしている。どこもかしこも社交場です。ファベラは今だって安全な場所とは言えません。日常的に銃声が聞こえたりするし、ギャングや麻薬問題もずっとそのままです。このファベラの人々や子供達にAfro Reggaeのバンドのように力強く明るい将来を願って止みません。

ファベラから見下ろすリオ

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今回もワンワールド(One world)と呼ばれる日本では世界一周航空券ともよばれているらしいチケットで旅しました。
前回中南米を旅したときもやはりコレ。本来の私の旅の主目的はブラジルもしくは中南米のみなのですが、なにせオーストラリアから南米に行くチケットがとんでもなく高い。ブラジルに行こうと思ったらチリかアルゼンチンに飛んでそこからということになるのですが、そのチリかアルゼンチンへの往復チケットだけでも既にかなりの額。オーストラリアからだとヨーロッパの方が全然遠いけど、そっちに飛んだ方が安いです。フライト数の違いがそのまま価格競争として現れているんだろうけど。しかも私が行くのがいつも学校の夏休みを絡めたXmasやNYEなどにも近い本当にピークな時期ばかりで、チリまでの往復を買ってそこからまたブラジルに飛ぶことなどを考えると、ワンワールドを買ってもさほど変わらないのです。というか、チケットによってはワンワールドの方が安い場合も。あまりにバカバカしいお値段になるので、どうせならといつもちょこっと欧州・アジアのおまけをつけてワンワールドで旅します。

さて、NZ 1泊,チリ1週間と旅の前菜を終えやっと今回の旅のメインディッシュ、ブラジルに到着。意気揚々と空港からホステルまで来ましたら、チェックインの時に後ろを通る人影が、何気に振り向いてびっくり。実はこの人、私がメルボルンからNZへのフライトで隣に座っていて機内でペンを借りただけというそりゃもう深い間柄になった人だったのです。し・か・も NZに到着翌日私がホストマザーの職場であるカジノを訪ねて行った時もカジノ前で友達といるのをみかけたのです。 さ・ら・に その夜、チリのサンティアゴ行きのフライトを待つ待合室でやはり彼とその仲間を見かけ、あれれ、と思っていると、その数日後、またまたサンティアゴの街角で私が友達を捜索中に友達といる彼を遠巻きに見かけたのです!で、今ここリオで今度は同じホステルにご宿泊でございますよ。もう、びっくり。彼らも同じワンワールドチケットで回っているのでしょうが、それにしてもひどすぎる。いや、別にひどすぎはしないけど。すごいカールがかかった上長めで特徴的なその彼の髪型がその発見率を増長しているとはいえ、行く先々でこれはちょっとすごいよね。

まあ、ともかく、やっときましたリオ!と思っているとベッドルームに着いたとたんに何だかすごく疲労感というか、あまり具合がよろしくない。フライトの疲れかなとも思ったのですが、ちょっと外の空気をと思い散歩に出てネットカフェをみかけて早速入るけれどもだんだんとお腹周辺に暗雲が立ち込めてくるこのやな感じ。慌ててホステルに戻って横になったのですが、しばらくするともう上から下から大洪水(お食事中の方失礼!)。到着早々どうなる私!(((゜ д゜;)))  っていうか今こうしてピンピンしてるからなんとかなったのは確かだけど、次回につ・づ・く。
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旅の思い出ダイジェスト企画 第4弾はブラジル。前回のブラジルへの旅はリオデジャネイロのみで新年をはさんだ10日程の短い滞在。今回、100%自分の趣味に徹したかなりピンポイントな思い出になるため、旅行記・旅情報として一般の旅行者への参考には全くならないでしょう。

リオは素敵なところです。観光シンボルで有名なクリストの像の丘から見える景色は本当に絶景で夕焼け時にはその表情が1分毎に変わっていき、バックパッカーズで出会ったカナダ人の女の子と2人でかなり長い間最終ロープウェーまでゆっくり見てました。が一般観光情報はここまで。ここからはサンバ好きによる自己満サンバ専門メモリー。



私のリオでの思い出といえば、まずMangueiraマンゲイラです。これはリオに幾つか存在するサンバスクール(サンバチーム)の一つで、カリオカ(リオっ子)スーパーパーカッショニストのカルロス率いるメルボルンサンバスクールで私がサンバを演奏していた時、カルロスがマンゲイラのファンだったので、マンゲイラの曲をたくさんやりました。メルサンバのドラムの装飾やHPのテーマカラーにはマンゲイラのチームカラーの緑・ピンクを使っているほど。(この色の組み合わせ、個人的にはいかがなものかと常々思っているのですが)。前述のできたてカナダ人友人を引き連れて、そのマンゲイラ メンバーの小ライブに行き、シンガーの人に翌日大きなウィークリー公演があることを確認とり、当日本陣に突入しました。

当日、タクシーで行ったのですが、マンゲイラはファベラ(リオのスラム街)にあるため、近づくに連れ同行した彼女はとても心配してタクシーの運転手にここは安全かと何度も繰り返し聞いていました。ちなみにこのファベラでの生活を舞台にしたCity of God というブラジル映画があるのですが、娯楽としてはその同じ制作チームが作った"City of men(Cidade dos Homens)"というドラマシリーズがとってもお勧めです。映画の方はかなりヘビーですが、このドラマシリーズの方は2人の10代の男の子のファベラでの生活に焦点を当てたもので、ヘビーな環境にありながらたくましく生きる彼らとその10代少年達特有の虚勢癖やお間抜けさがドラマをすごく明るくコミカルに仕上げています。昨年豪州では海外番組放送局SBSで放映していました。日本ではCity of God TVドラマシリーズというタイトルでDVDが出ているみたいなので、よければレンタルででも見てみて下さい。とってもお勧めです。
CITY OF GOD~THE TV SERIES~/ダーラン・カンナー

だいぶ話がそれてしまいましたが、そうです、マンゲイラ!! タクシーが到着するとそこにそびえ立つ大きな建物はなんと全身ピンクと緑!マンゲイラは好きですが、前述のようにやはりこの色の組み合わせに関する不信感だけはどうにもぬぐえません。それでもマンゲイラ、とにかく中に入ります。中はもうすっごい人。その週がその年最後の週だったこともあり人もいつにも増して入っていた模様。




始めは小さなグループがフロアでパゴージュなど演奏していてそれに合わせて人々が踊っていました。そして現るマンゲイラのメインバテリア。彼らはフロアでなくフロアから見上げる形の光り輝くステージ上で演奏。それを見上げながら歓喜に踊る聴衆を感じて、これはさながらサンバのメッカだと思った記憶があります。私はだいぶ前方まで侵入、そこのビラなどおいてあるテーブルでたむろっているおじいさん達と仲良くなりました。ビラの管理やらプレーヤーがしょっちゅう降りてきて話しをしていたことから、マンゲイラ関係者達と思われます。で、私がポルトガル語は全然話せないのに、曲がかかると知ってる曲はおじいさん達と一緒になって歌って踊っていたのですごくビックリしたようで、外国人観光客が自分達の歌を歌うのを本当に喜んでくれて一緒にたのしい時間を過ごしました。





その内ステージで歌っていたシンガーが私の方を指差したように思ったので、周りを確認してから自分を指差してみたらうなずいてくれました。前日にその日のライブについて確認したそのシンガーが手を振って歓迎してくれました。さらにその後ステージ上でTamborimチームをリードしていたプレーヤーがおじいさん軍団のところに降りてきて話をしていました。メルボルンでは私もTamborimをやっていたので、思い切って話しかけました。英語が話せる人で、仲良くなり、後日彼のTamborimクラスに招待してもらいました。その後の私の短いリオ滞在中一緒に遊んだりしたのですが、後で雑誌にも載ったりするような界隈ではちょっと名の知れた人だと判明。いい友達ができました。彼曰くマンゲイラでは女性はダンサーにしかなれないとのこと。他のサンバスクールはこの限りではないらしいのですが、マンゲイラルールでは女の人は演奏できないようで残念です。



踊り狂っていた私を残し、カナダ人の友達は先にタクシーで帰っていきました。私も終盤マーチ隊が建物を出て外で演奏を続け始めた朝の5時過ぎ、先ほどのTamborimプレーヤーがとめてくれたタクシーで帰りました。帰宅中タクシーの運転手と話はサンバ談義に。彼もサンバを演奏するとのこと、サンバ好きの私のためにラジオでサンバレゲエをやってる局に合わせてくれました。私はかばんにあったミニシェイカーを取り出してそれに合わせてふり始めると、俺にも一個くれというので一つを渡しました。すぐに運転手はラジオから流れるサンバレゲエに合わせて片手でガンザをふりつつ、片手で運転し、私も一緒に演奏し、朝の6時にタクシーの中でサンバパーティーができる所だよ、リオは、スバラシ!と感激しながら帰宅。カナダ人の旅友達も楽しんでくれたようで翌日感謝されました。良かった良かった。

まだまだいっぱいエピソードがあるのですが、長くなりすぎたのとそろそろ真剣に明日からの旅の荷造りに向き合った方がよさそうなので、リオリポートはこれにて終了。最新版リポートは現地到着後またすぐお届けできると思います。

追記;ちなみにマンゲイラ のHPの色とメルボルンサンバスクール のHPの色、興味ある方はクリックして比べてみて下さい。


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