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日本を離れて11年。豪州メルボルン在住、一人旅が大好きでブラジルやキューバなどのラテン音楽にぞっこん猿の私の地球旅日記。 本家「大江戸カンガルーSAMBA CARAMBA!」から旅日記だけこちらに移転。さらに進行予定。本家ブログもどうぞよろしく。 "If your soul is no stranger to you, the whole world is your home"
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ブラジル旅行記の途中ですが、ちょっと寄り道でもっと昔の旅の思い出。



昨日、訳あって家の大掃除をしていたところ、昔懐かしいノートが出てきました。

それは4,5年前のスケジュール帳。その何が懐かしいってノートの表紙裏に描かれた地図。

ーーーーーーーーーー
当時初めて南米を旅していた私。ペルーからチリに入る。チリでは、丁度メルボルンのチリ人仲間の一人が一家で里帰りしていたのでその実家に一緒にお邪魔していました。で、当時別のチリ人の仲間達もチリを旅行中で、その一人、ハービエが滞在していた彼の叔母さんの家が偶然すぐ近くで、クリスマスの夜ハービエが遊びに来ました。


ハービエとまた別の友人でチリに滞在中のウィリーはこの後キューバに旅する予定。私は翌日ブラジルに行ってから数週間後にキューバに行くというプランでした。

そこで、数週間先にキューバに行っているハービエ達とキューバで落ち合うことにしていたのですが、ハバナのどこで会えばいいのかという話になり、落ち合う場所の地図を書いてくれるというので、私のノートを差し出しました。ハービエはこれが2度目のキューバ。

で、彼が書いた地図というのががコレ。





これオンリー。


この他には端にキューバのミュージシャン友達のフルネームがある以外は他には何の記載もなし。

あの、となり町に遊びに行くとかじゃないんですけど、、、。

初めてキューバに行くんですけど、、、。

住所も番地も何もなく、、、、、これだけ?




写真じゃわかりづらいので、そのままを図に描いてみました。

波線は海です。一つの角にはoasiasと書いてある矢印が行っていて、次の角に太目の矢印が行っていて、これで、「大丈夫、行けば分かる。この太目の矢印の角辺りに来れば会える。」とか適当な事をおっしゃる訳ですよ。ハバナに行ったこともなければ、スペイン語もこの旅で始めたばかりの私に。

どうやったらその角に辿りつけるのか知りたいのよ。

ちなみにPlazaというのは広場のことですが、その広場の名前も無し。



まあ、じゃあ詳しくはまた日が近くなったらメールで、ということで納得して私はブラジルへ彼らはキューバにそれぞれ旅立ちました。

数週間経って私がキューバに行く日が近づき、メールしてみたけど案の定返信が来ないままキューバに向かう。私の飛行機はチリ経由でメキシコのカンクンによってそこからキューバにということだった。ところがチリの空港で、チケットを確認した係の人にそのカンクン行きの飛行機はハバナ(キューバ首都)経由だけど、、といぶかしげに言われる。なぜわざわざカンクンまで行って、直後ハバナに戻るのかと。ワンワールド(世界周遊航空券)のキューバ排除のポリシーのせいでそうなったんだけど、長旅が面倒になった私は迷わずキューバで途中下車(機?)に変更。真夜中にキューバに着くはずが、お昼近くの午後到着に変更となってスバラシ!

滞在先は以前キューバに行ったことがある友達が以前彼女が行った時に滞在していたおばあさんの住所をくれていたのでとりあえず空港からタクシーでそこに行ってみる。友達はオーストラリアからキューバに電話をかけて、私が行く由も伝えてくれていた。

おばあさんの家に着くと留守。私が真夜中に来る予定だったので、その時間にはいなかった。少し待っていたら若い女の子が道を歩いて来てどうしたのかと尋ねられた。で、この近くに他に外国人を泊めてもいい家を知っているから案内してくれるという。おばあさんがいつ帰ってくるかわからなかったし、とにかく荷物を置きたかったからそれに従った。

女の子に連れて行ってもらった宿にとりあえず一晩宿泊することに決め、荷物を部屋に置いて、さてどうしようかと思い、まだ一緒にいたその女の子とその友達に例のノートの地図を見せてみた。彼女達は二人で何か話した後、なんとあの地図から多分場所が分かると言って連れて行ってくれることになった!

人力(自転車)タクシーに乗るとすぐ着いた。
もうすぐだと言われても、メールも返ってこなかったしちょっと不安になって来る。でも
例の「この角」にバーとかがあっていつも皆でたむろっているのかも、と想定して、奴らがいなければ名前をくれたミュージシャン仲間のキューバ人のことを聞いてみようなどと考えながら、その角に到着、、、

でもそこはバーでもカフェでも何でもないただの古びた建物だった。



そして、、、、その建物の外側、この角辺りで会えると言っていた正にその角に、、、、、ん?!、、いた!!! ハービエとウィリーにプラスしてキューバ人のミュージシャン仲間と3人そろって道端に座ってた!!


超びっくり。ホントに簡単に会えちゃったよこんな地図で。


彼らに会おうと思って来ておきながら私の第一声は「どうしたの?なんでいるの?何してたのこんな所で」

友「待ってたんだよ。だって今日がフライトって言ってたでしょ。」

私「でも時間は?私のメールみたの?返事こなかったけど。」

友「メール見に行くの大変だから見てないよ。日付だけ覚えてた。自分達がチリから到着したのがこんな時間だったからだいたいこんなとこかなと思って待ってた。」

私「でも私のフライト、変更しなかったら真夜中に到着予定だったんだよ。」

友「それまでは待ってられなかったな。」


なんとも呑気な待ち合わせ。初めて行く国であんな地図と、店や家ではなく正に路上のこの角の辺りというアバウトな場所の指定と日にちだけで時間も決めずに、、、、、会えちゃった。ラテンの国ではラテンの方程式で大丈夫らしい。だいたい着いてすぐに会いに行くかどうかも申し合わせてなかったから、私が到着後、一眠りしたりご飯食べに行ったり周りをちょっと散策したりとかだって十分にありえたわけで。たまたま荷物を置いてすぐに探しに来てみたけど。しかもフライト変更してなかったら実際会えたんだろうか、、。


まあ、なんか、それでも何とか会えちゃったんだろうなという気がするのがキューバの国とラテンな友達。


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サルバドールで次はどこに行こうか他の旅人の話も聞きながら色々思案の上、北上してRecife と Olinda に向かう事に。安い便があったので飛行機で一っとび。ブラジル国内の移動は発着の場所によって、飛行機の方がバス移動より1/5やはたまた1/10の速さでいける上に安かったりします。それに夜のバス移動は何かと物騒な話も耳にするし。

Recifeに着いてそのまま直で隣町とも言えるOlindaにローカルバスで移動。着いた早々夜になるとなにやら音楽が。慌ててホステルの外に出ると、何とパレードが!リオよりもちょっと長い日程のサルバドールのカーニバル。しかもその長いカーニバルが終わってまだ2日ほどサルバドールにいたのでまさかまだカーニバルが続行している地があるとは思いませんでした。思いがけず2箇所でカーニバル。Recifeのカーニバルが一番長いらしい。
大人気歌手や海外のビッグアーティストが多数押し寄せてパレードして狂喜乱舞なカーニバルとなるサルバドールとうって変わってこちらオリンダはとっても地元に根ざした家庭的な雰囲気のパレード。カラフルにチーム毎着飾った子供からお年寄りまで和やかに踊ってパレードしていきます。 



その後町は夜遅くまでぱらぱら(ぎゅうぎゅうという感じではなかった)と人が通りに出て飲んで歌っている。飲み屋の前の道端でギターを弾いていた地元の酔っ払い達に近づくと一人が壊れたバケツを持ってきてドラムを始める。これが無茶苦茶ウマイ!この酔いどれ親父はギター弾かせても天才的に凄かった。楽しくてずっとその輪に一緒にはまっていたら、私の知ってる歌を演奏し始めたので皆と一緒に歌い出したら、隣の酔いどれおばさんが椅子とか出して来てくれた。別の親父は店の中に入って行って空缶とお米でシェイカーを作ってきてくれて渡してくれた。私は私でいい気になって好きな曲をリクエストしまくって皆で歌って演奏して、、、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい。至極の時を過ごしました。

翌日からホステルで会ったオージーの女の子とドイツ人の男の子とオリンダを散策。オリンダはすごくかわいくてのどかで素敵な所です。サルバドールの旧市街地のようにカラフルに色塗られた建物。で、サルバドールは建物が高くて近くにひしめき合っているからビルの陰ができて全体的にもう少し暗いイメージだけど、ここは陽射しが燦々。


そして、小さな田舎町なのに教会がやたら多い。町のインフォセンターで教会マップを手に入れてぐるぐる回る。と、地図上のある教会に着くとそこは昼休みで閉まっていて、でもそこから50M程先(この目測は私をよく知る人なら分かるでしょうが、全く自信がありません。300Mなのかも知れません。でも極近かったです)にマップには載ってない教会が見える。行ってみようということになって近づいてみた。

近づいていくとやはりドアは閉まっているよう。立ち止まって様子を伺いながら引き返そうとしたその時、中の鐘を鳴らす塔の窓から人が手招きしているのが見えて、慌てて教会に向かう。入り口が分からずうろついていると、さっきの男が出てきてドアを開けてくれた。

聞けば、この男はアーティストで8年前にこの教会を買って、作品を作りながらずっとココに暮らしているらしい。一般人の家だから教会マップにも載っていなかったのです。スリムな茶色い犬と一緒に暮らしていた。教会内のあちこちに彼の作品が飾られていて同居の犬の絵も。何だか凄く素敵な暮らしに見えた。さっき手を振ってくれた屋根裏っぽい鐘の塔まで上がってくると、ココがまた本当にいい感じ。皆で腰掛けてしばらくうっとり。一緒にいたオージーの女の子は自身もアートをするようでしきりに「いいな」とか「こんな暮らし夢だわ」を連発していた。このアーティストにいつもこうやって知らない人を招き入れるのかときいたら、気が向いたらとのこと。ラッキーだったわ、私達。っていうか良く考えたら、危ない人だったら取って食われていたかもしれない。ラッキーだっ

たわ、普通の芸術家で。

教会を後にしてから、彼の写真、それに彼の犬とその犬を描いた絵を一緒に写真に撮ってこなかったことを非常に後悔。何度も引き返そうかとも思ったけど、また行っても中に入れる確証がない上、かなりの坂の上だったのでその労力をかんがみて断念。

暑い中歩き回ったので、道端でブラジル各地恒例のAgua de Coco(ココナツジュース)を買う。ドイツ人の子が皆に奢ってくれた。生のココナツをそのままナタで上部を豪快に切り取りストローで中の天然ココナツ水を頂くのです。飲み終わった後は再び買った人の所にもって行くと大きくぶった切ってくれて、さらにぶった切った部分を使ってサジのような物を作ってくれてそれで中の白い部分を掻き取って食べるのです。私はこの中の水も身も含めて、Cocoが大好き。で、ここでブラジルを旅する皆さんに極秘情報です!何故だかここOlindaとRecifeのCocoはすっごく甘くておいしいのです。リオやサルバドールの比じゃないの。ここが私のブラジルの北限だったから、それ以北は分からないけど、もっと北に行ってアマゾンとか行ったらもっと甘いのかもしれない。Olinda,Recifeに行った際には是非ともお試し下さい。暑くて脱水症状気味な時はこのCocoの天然水が本当おいしく気持ちよく体に染みていきます。
中南米情報



カーニバル以前のことについて長きに渡って書いてきましたが、さていざカーニバルについて書こうとすると、もう何から始めればいいのやら。あの熱気と狂気の日々を理解するには体験する他仕方がないと思うのです。
カメラはとても危険なので持ち歩かなかったので写真も殆どありません。人からもらったのとかが少々。

すごく大雑把に言えば、サルバドールのパレードはトリオ・エレトリコと呼ばれる大型トラックの上のステージにバンドなり人気歌手なりが乗り込んで、歌って演奏します。このトレーラーの周りをロープで縄張りとして囲み、係りの人々がそのロープを電車ごっこのように持って一緒に移動します。このロープで囲まれたエリアがブロッコ。好きなバンドや歌手のブロッコTシャツを買った人はこの中に入れます。偽造のTシャツを作られないように、事前に買ったチケットとシャツを交換できるのはカーニバル直前です。
女の子は買うと、自分達で切ったり縫ったりしばったり、または直してくれる所へ持っていって好みのぴっちりTシャツとかキャミのようなスタイルに作り直す子がほとんどです。

ブロッコの中は一応安全と言われています。、、が、ロープの中と外は紙一重で、ロープの一歩外はタダ。それにブロッコに入るとずっと同じバンドだけど、自由に動ければ色々見られるので、今回は1晩チンバラダのブロッコ買ったけどもし次回があればブロッコ買わなくてもいいかな。

カマロッチからみた時に一番人気だったのはブラジルの大御所、チクレ・デ・コン・バナナやチンバラダやジルベルト・ジルなど。でも今回特に海外からの旅行者に飛びぬけて大人気だったブロッコは何といってもFat boy slim。他のブラジルの人気バンドに比べてブロッコがそれ程高くなかったことも手伝ってアメリカのこのバンドのブロッコがホント大人気ですごい群集でした。

こうして押し合いながら踊りながら一晩中このパレードについていくと7時間位かかりますが、翌朝パレードが終わった道を朝陽を見ながら歩いて帰ってくる時は1時間もかからずに帰ってこれます。

あとカマロッチと呼ばれる、パレード沿道のホテルなどを利用したパレード観戦テラスにも入場専用Tシャツがあります。私は一番安いカマロッチのチケットを2晩分買っていました。パレードのゴールそばなので、一晩中演奏したバンドがもう疲れているので安かったかも知れませんが、ホテルの施設はすごく良かったです。パレードを見るバルコニーの他には、別に屋内のクラブがあったり、無料のインターネットに無料の電話(友達が試したら、国際電話もかけられました)、無料のマッサージルームに、さらには寝転がって見られるようにマットレスやクッション完備の無料の映画館まで。さらに高い方のチケットを買うと飲み食いし放題になります。

私は2晩カマロッチ、1晩ブロッコでしたが、一番クレイジーで楽しかったのは、そのほかの晩に旅の仲間達と、ただ気の向くままにブロッコにも入らずパレードに踊りながら着いて行った夜の方です。毎晩夜の始まりとなると誰 彼ともなく集まってくる家がありました。オーストラリア人の旅行者が借りてた家で、他の旅行者を集めて皆でカーニバルの間そこで住んでいたのですが、夜になると私達を含め他のそういうシェアハウスの旅人達もワラワラと集まってきて飲み始め、夜も更けて来ると皆でパレードに突撃するのです。日によっては20人にも30人にもなったので、中心となる人がホイッスルを持ち出してパレード内ではぐれないように誘導してくれるのがおかしかった。毎晩明け方まで騒いで、歩き踊り続け、翌日になると必ず、「もうできない。もう今日はだめ。もう体がもたない。」と言い合うのですが、夜になるとまた出かけて行く私達。何だかんだで1週間コンプリートしてました。最終夜には仲間内の1人のブラジル人が持ってきたロープで自分達で自前のブロッコを作って皆で勝手にパレードしてました。

カーニバルのクレイジーな一週間を終えた翌日、1週間狂ったような日々を一緒に過ごした人達が散り散りになって行くのと、サルバドールの町のすさまじい静寂さ加減がそれまでの喧騒とのあまりのギャップに、皆でとてつもない寂しさを覚えました。

中南米情報
前回のポストの続きで、サルバドールでの危機管理についてのお話。

ムンクの叫び カーニバル中、サルバドールの人ごみではスリがいっぱい。

私はイパネマのマーケットで買ったひも付きの布でできた小さな小銭入れみたいなのにお金を入れて、そのヒモをパンツのベルト通しやボタン穴などに縛りつけ、財布自体は常にパンツの内側でぶら下がっている状態でお金を持ち歩いてました。仲間の数名はずっとブラの中にお金を入れてた。着物の襟や袂からお金を出し入れする江戸時代の人達みたいで、ちょっと粋じゃない?って思ってた。全然違うじゃんというご意見は丁寧に却下。


ムンクの叫び カーニバル中、人ごみでは乱闘もいっぱい。

パレードに群がる群集の中は、おそらく音楽や酒や大興奮の雰囲気全てが影響して寄ると触ると大乱闘。ちょっとした弾みで喧嘩が始まったと思うと途端にその周りにいる無関係なヒトも巻き込み(もしくは勝手に加わり)大騒ぎ。ある晩など仲間と座って数えてたら30分の内に5つも目の前で大乱闘が起こりました。パレードの中警察が威圧感のある隊列を組んで練り歩いてるので、何か始まるとすぐ駆けつけて取り押さえるのですが、巻き込まれるのだけは避けたいです。


ムンクの叫び 狙われる旅行者。被害にあった旅仲間達もいっぱい。
<事件A>
高いお金を払ってカーニバルにやってくる旅行者はやはり色々に狙われます。私の同部屋の女の子はホステルのドミトリー内の鍵をかけたロッカーからお金を盗まれました。オーナーに文句を言ったらお金をくれて他言しないように言われてた。鍵がかかっていたので怪しいよねと言って、それ以降私は自分のナンバーロックをロッカーにつけました。後日ボイペバ島で偶然再会した同ホステルの宿泊客だった人とその話になり、彼が知っている別の旅行者がやはり同じホステルのドミトリーで従業員が自分のお金をロッカーから取ろうとしている所を目撃した話をしてくれました。彼女はオーナーにも誰にも言わず、すぐにホステルを移ったそうです。その従業員は私も割と仲の良かった人でちょっとショッキングでしたが、口止め料として被害額を私の友達に払ったオーナーぐるみなのか彼個人の仕業なのかはちょっと分かりません。カーニバルでブロッコやカマロッチの高いチケットを買っている宿泊客達とは違い「チケットは高いから何も買わない」と言っていた彼の言葉が思い出され何ともいえない気持ちになりました。

<事件B>
カーニバル中のアパート仲間のNYからの旅人達は私が島に行っている間に被害に遭いました。
女の子二人であまり人気のないバス停でバスを待っていた時です。一人が財布からバス代を出そうとすると、さっと子供がやってきて財布をかっさらって行きました。すぐさまもう一人の友達が少年を追いかけていく内に人気のない裏通りに入ってしまい、そこで突然大人の男達が4,5人現れ、今度は彼女のカメラなどが入ったカバンを奪い取りました。彼女は取り返そうと引っ張ると、彼らに腕をつかまれ殴られて、そのまま彼らは逃げていきました。近くに警察もいてすぐに報告したけれど、あまり力にはなってくれなかったらしい。私が島から帰ってきた時には彼女の腕に大きな青あざが出来ていました。鼻や口から血も出したらしい。恐ろしいけど、無事でよかったよ。とっさの事で冷静に判断できなかったんだろうけど、相手が多勢でどうみても勝ち目のない場合には、悔しいけどひったくられても取り返そうとしないの方が身のためだと思う。

<事件C>
それからリオのホステルで一緒だったデンマーク人の男の子と女の子の友達二人組。先にサルバドールに来ていた私に、サルバドールにやってきたので会わないかとメールが来た。ところが彼らはホステルの中でもとりわけ安いホステルを事前にネットで予約したら、そこはエリア的にファベラに近いあまり安全ではない場所だった。銃をもった連中に強盗に会い、男の子の方はパスポートも全財産も含めバックパック全てを奪われたらしい。帰国する数日前で、男の子だけ帰国日の変更を余儀なくされました(パスポートがないので)。こちらも、物は取られたけど人命が無事で本当に良かった。



という訳で、危険がいっぱいカーニバルですが、それでも楽しいカーニバル。その模様はまた後で。


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今までブラジル最高!の記事ばかり書いてきましたが、サルバドールで、特にクレイジーになるカーニバルでは「安全」はかなりのキーワードとなります。前述の島に行った様子の時にもかきましたが、田舎やのんびりしたところに行くとまた変わるので、ブラジル全体が危ないというものではありません。キューバでもそうでしたが、旅行者が多いところはやっぱり旅行者目当てで色々仕掛けてくる輩も多いです。

私が見聞きしたり、自身で経験した事柄を少々。



ムンクの叫び アクセサリーは身につけない。

カーニバル期間に限らず、サルバドールでカーニバルが近づき旅行者もかなりな数に及ぶそんな時、人ごみに近づく時には心した方がいいです。指輪していると、人ごみで手元が見えない時にぱっと手を摑まれて、さーっと手首から指先になでるようにして指輪を抜いていこうとします。仲間が体験しました。特に子供やティーンエイジャーに要注意。
私は別の日にネックレスを後ろからガッと摑まれそのまま強引に引きちぎろうとされました。その時は3本ほどしていたので、即座に抑えたらちぎれずにすみました。回りに人がいようが関係ありません。人前であっという間にかっさらっていきます。周りの人もとにかく人ごみの中の喧騒で他の人のことなど構っていません。これも子供とティ-ンエイジャーのグループでした。
カーニバル中、身動き取れないほどの人ごみにハマッた時は、私がまた一つだけ外し忘れてきたネックレスをなんと正面からつかんで引きちぎった十代の子供もいました。即座にその手からネックレスをひったくり返したら、すぐさま周りにつきまとい、私がそれをしまう前に、その私の手からまたひったくり返そうとします。何度か引っ張り合いになった後(勿論周りに人はたくさん)もさらにまとわりついて来るので、最後にキレてStop it!! と指差して叫び、ポルトガル語で「あっちに行け!」と怒鳴りつけたら何とか去っていきました。ポル語だったらさすがに周りの人もばっと見るし。ただこの場合には運良く功を奏しましたが、激高するのが常に得策かどうかは定かではないので、お勧めのワザと言えるかは分かりません。逆に相手を怒らせて、持ち物の確保と引き換えにもっと恐ろしい身の安全を脅かすことになったりしたらとんでもないので気をつけて。とにかく取られる物を何もつけて行かないのが一番の予防策です。

 

ムンクの叫び  サンダルではなく靴を履く。

これは地元紙でも呼びかけられている注意事項です。ポル語のものは読めないので、伝聞情報ですが。人ごみで何が起こるか分からないし踏まれると危ないからというのもありますが、カーニバル中はとにかく通り全部、町全部が巨大なゴミ箱&公衆便所と化します。モーレツに汚いのです。簡易トイレもあちこちにできますが、人の数の方が断然に多い。林立する簡易トイレの、トイレとトイレの間の隙間で男達は皆用を足しています。その他でも散歩の犬なみに所構わず。そしてその内、常時アンモニア臭漂うその環境が普通になってくるのです。慣れって恐ろしい。最後には私のNYからの友達達は女であるにも関わらず、人通りがある道端で車の陰やお互いの影に隠れあって用を足し始めました!!もちろん冷やかしながら通り過ぎていく現地の男達をものともせず。コレには脱帽。いくら慣れても私はあそこまでふっきれない。ちなみにカーニバルでなくともリオやサルバドールなんかでは、裏通りに入ると小便くさい所に結構でくわします。

その他一晩中これでもかというほど飲み食いしたアキカンや皿や紙くずはもちろんそのまま路上にポイ。ルール違反とかマナーが悪いとかそういう次元ではなく、もうそういうものなのです。こうして一晩中かけて汚した町を毎朝でっかい清掃車が人々が掃除して回るのです。ごみを拾うだけでなく、洗剤の入った水をホースでパレードが通る通り一面にすごい水圧で撒きながら掃除して回ります。そうしてすっかり綺麗にした町をまた一晩かけて汚していく。これの繰り返しの一週間。でもビーチでそんな清掃した水たちがそのまま海に流れ込んで行くのを見たときはげんなり、カーニバル中のパレード道沿いのビーチの水はやっぱりかなり汚染されてた感じ。ゴミとかプカプカ浮いてるのも見えた。

そんなわけで周りの旅行者仲間の皆は使い捨て用の安いスニーカーを買ってました。1週間でしっかり汚れまくった。

さて、2項目書いただけで結構なボリュームになったので、続きはまた後でということで。

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